医療法人 慈照会グループ

採用情報

ホーム > 腎臓内科診療日記 > 腎臓内科医の診療日記㊲

腎臓内科医の診療日記㊲

細かい事を言えばキリがないが、とりあえず西洋医学の一般論で話をすると、発熱して、検査を行って、原因が「細菌性の肺炎」ぽいという事になると、抗生物質という細菌を殺す薬を使い始める。うまくいけば、熱が下がって、患者が元気になってくる。医者は自分が処方した薬がよく効いた、よかった、よかった、自分のおかげだと思う。別の病気では、オシッコの中にタンパクが漏れてしまって、ステロイドや免疫の薬をつかって治療をしているとき、定期検査でタンパクが増えてきたな、と医者が気づくと、ステロイドの量を増やしたり、免疫の薬を変更したりすることがある。次回の受診の時にタンパクが減っていたら、自分がうまく調節したから、病気が良くなった、よかった、よかった、自分のおかげだと思う。とにかく自分のおかげでウマくいった、と思いたくて仕方がない。

感染者が増えてきて、宣言を早く解除しすぎたせいだ、と責め立てる人がいて、そういう人は、発令中には、宣言のおかげで感染者が減ったのだ、宣言が遅すぎたと言っていた。そもそも普段から、何かを批判したくてたまらない。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、に近くて、冷静さを欠いている。一方で、去年の春も今年初めも、宣言が出る前から感染者は減りはじめていて、夏にGoToトラベルが軌道にのって旅行者が急増している中でも、感染者は減少傾向だったし、先月の解除の前から既に感染者が増え始めていて、感染者の増減と宣言やGoToトラベルとは関係がないと分析する人もいる。前者は感情的にテンパッて、多くの人やマスコミを巻き込んでいるが、後者は感情が入らず冷静な分、相対的に声が小さいのは仕方がない。後者には、状況にウンザリして、諦めかけているひとも多い。気力の続く人が、かろうじてゲリラ戦を展開している。

辛坊さんが太平洋横断に出航して、そのヨットの現在位置がネットで確認できるので、時々みている。公共の電波で専門家や政治家にむかって、「いいかげん気づけ、アホか」と言う人がいなくなってしまって寂しい。太平洋戦争の時の白洲次郎は、何故か戦争に行くことなく、東京の田舎で農業をやっていた。そういえば、おなじジローだな、と思った。個人的には、日本の専門家と称してエラソーな事を言っている人たちは、A級戦犯だと思っている。権力をもった軍部の暴走は、なかなか止められず、歴史が繰り返されている。昔から、どうして戦争などという狂った事が起きたのだろうと不思議に思っていたが、ここ1年ちょっとの状況をみてきて、こういう事か、と納得した。

ところで私はここ1~2年、風邪をひかずに、それなりに元気に生活している。ありがたい、ありがたい。常用薬も何も使って無いし、覚醒剤をやっている訳でもない。週に5日プールで泳いで、それ以外の体のメンテナンスもそれなりに実践していて、そのあたりのおかげかな、と考えているが、そうしている自分は大丈夫だろうと油断するとアブナイので、油断しないようにしている。本当にそのおかげなのだろうか。因果関係を考えるときは、早合点せずに、じっくり観察した方がよい。