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腎臓内科医の診療日記⑯

私が研修医の頃、年齢が一回りちょっと上の外科部長の噂話を聞いた。その外科部長も、若い頃は同じ病院で研修していたのだが、仕事に没頭するあまり、研修生活の4年間にわたり、その先生の車は駐車場からまったく動かず、伸び放題の草に車が覆われてしまったというのである。たしかに部長になってからも早朝から病棟回診を行い、夜は遅くまで翌日の手術患者のCT画像をシャーカステン(レントゲンフィルムを見るための、背後から光を当てる機器)にかけて、翌日の手術について熟考を重ねていた。

あるとき若い外科の先生が、手術後の患者のドレーン(手術後、体内に出てくる浸出液や血液などを、体外に導く管)が、患者が勝手に動いたせいで抜けてしまった、と朝のカンファレンスで報告した。外科部長は眉間にしわを寄せたまま、片眼を大きく開いて、若い医者に「おまえの管理が悪いからだろう」と言った。内科から外科に手術を依頼するときにも、術前の内科での評価が甘いと手術を引き受けてくれないが、一旦引き受けた患者は、人一倍責任をもって診療にあたった。便秘で困っていた患者の摘便(肛門から指を入れて、硬くなって蓋をしている便を手袋をつけて指で掻き出す処置)を、外科部長になってからも看護師に任せずに自分で行って、がんの終末期でベッドに横たわっている患者に対して、足繁くベッドサイドに通っていた。若い医者は皆、外科部長を恐れ、そして尊敬していた。私の直属の上司は、自分の身内を診てもらっていたが、仮にどんな医療ミスがあったとしても、あの先生を訴えたりするつもりはないですね、と言っていた。

病院で患者を診ていると、様々なトラブルに遭遇する。そのトラブルが発生した原因を皆で話し合うときに、基本的に自分のせいではない、というスタンスで、自分に非がない理由を理路整然と説明する人は、結構いる。言い訳はいくらでもある。自分の指導を守らなかった患者の自己責任、患者の行動に配慮できなかった看護師のせい、治療に伴う合併症の可能性はあらかじめお伝えしたとおりです、あの専門の先生の意見に従いました、最新の文献ではこうです、などと自分以外のところに責任を置いてしまう言葉は簡単にみつかる。しかも、その理屈は言葉の上では間違っているとも言いにくい。しかし、そういう姿勢でいると、いつの間にかトラブルが大きくなってしまうのである。外科部長は、自分が診ている患者のトラブルは、どんな些細な事であっても、「私の力が及ばなかった。申し訳ありません。」と言っていた。そういう医者を責めようとする人は、たぶんあまりいない。