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腎臓内科医の診療日記 No.58

さて、ずいぶん旅に出ていない気がして、最後に旅行に行ったのはいつだっただろうと考えたら、2か月前だった。本当は年末に和歌山の那智勝浦に行って、昔の補陀落渡海というしきたりで、木の小さな船に閉じ込められて海に流されて死んでしまう運命を背負った不憫な住職が住んでいたお寺でも見に行こうかと、宿まで予約して準備していたのだけれど、直前で家族が体調を崩して、看病のために仕方なく旅行をキャンセルした。いつも楽しみに聴いているラジオ番組のパーソナリティーは、毎週のように仕事や遊びで全国各地に出かけ、数か月ごとに海外にも遊びに出かけて動画をyoutube配信している。医者は、基本的に自宅と病院を往復する仕事なのだな、とあらためて気づいて、ため息をつくこともあるが、ナイモノネダリなのはわかっている。足るを知り、自分は幸せだと言い続けて生きていた方がよい。

先日、休日の昼過ぎになってもパジャマを着たまま家の中をウロウロしている中学生の娘②をみて、なんだ、まだ着替えてなかったのか、とため息交じりにつぶやいたら、「昔のアンタと一緒じゃん、似たんだよ」と妻から容赦のないツッコミを入れられた。あれ、そんな風だったかな、と昔を思い返してみると、そう言えば、休日は朝から病院に出勤して、患者の回診を平日と同じように行って、昼過ぎに自宅に戻ってからは、家でパジャマを着てダラダラと過ごしていたような気がする。たぶん、妻は病院で働く私を見ていないので、午後の「パジャマでダラダラ」だけ記憶に残っているのだろう。休みの日は家でパソコンをいじって、ゴロゴロと横になって本やマンガを読んで、テレビの録画番組をみて過ごす駄目夫。不愉快な相手に対して確立された悪いイメージは、もう修正不可能である。

若い頃、少し先の病院の仕事がどうなっているかわからないから、出かける予定はなるべく立てなかった。週末は遠くへ行かず、新しい事は何もしなかったので、代わり映えのしない日常の繰り返しとなった。少しずつ澱のようなものが体に溜め込まれていき、だんだん心と体が重くなって、時間とは関係なく自由に動けなくなっていった。年齢を重ねて、以前のような重症患者を担当しなくなり、病院からの呼び出しが減ったけれども、何もする気が起きなかった。まもなく文字通り、休日にベッドから起きることさえ出来なくなった。これではマズイと一念発起して、体に溜め込まれた澱を吐き出す方法がないかと、古今東西で細々と語られているいくつかの方法を片っ端から試したところ、自分の中に隠れていた驚異的で不思議な力を目の当たりにすることになった。昔から言われて来た事の意味が少しわかり、最新の治療に抱いていた多くの疑念が、確信に変わっていった。少し体が動くようになったので、思い切ってバイクの免許をとって、旅に出るようにした。それ以降、私の人生は大きく変わり続けているように思うのである。