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腎臓内科医の診療日記㊽

2月に入って少し休みがとれたので、今度はどこへ行こうかと考えた。北海道の網走まで行って、オホーツクの流氷を見てこようかと少し考えたけれど、今年の冬は特に寒いと言われていたので、想像を絶する豪雪で帰って来られなくなるかもしれない、と思ってやめた。高校生の頃、クラスで前の座席に座っていた同級生が、金曜の夕方だったか土曜の昼だったかに(記憶があいまいだが、土曜日授業がまだ残っていた気がする)に、「ちょっと網走に流氷を見に行ってくる」と一人で飛行機に飛び乗ってしまったヤツがいて、そのことがずっと心に引っかかっていて、いつか自分も行こうと思ったまま30年以上たってしまい、結局今年も行かなかった。

北海道は寒すぎて諦めたので、反対の沖縄に行くことにした。沖縄なら2月でも暖かいので、昨年購入したテントを持って行って、キャンプも出来る。沖縄キャンプだ、キャンプだ、キャンプだホイ、と変なテンションになって、航空チケットを予約した。調べたところ沖縄の冬は雨が多いということだったので、今回はバイクはやめて、雨が降ってきたときには手軽に屋根を閉じる事ができるオープンカーを借りる事にした。旅行人口が減っているせいか、航空運賃も格安になっていて、座席だけなら行きが4千円ちょっと、帰りが1マソ円(万をマソと記載するネット文化で、掲示板のやり取りで他人とコミュニケーションをとるネット廃人がよく使う)で往復の予約ができた。私にとっては、旅行費用が抑えられる点では悪い事ではないのだが、旅行業界や飲食業界、補助金を配り続ける日本財政のコトも心配になる。おい日本、大丈夫か?自分の事だけでなく、社会の事まで心配する俺ってエライ、と普段誰も褒めてくれないので自分で自分を褒めておく。普段から自分を褒めていると、不思議と必要な時に自分が頑張ってくれるし、反対に自分を責めたり悪く言うクセがあると、人生がどんどん辛い方向に進んでいく。

昨年揃えたテントや寝袋、炊事道具、強い風にも耐えられる重くて長いペグやペグハンマーなどのキャンプ道具一式を特大スーツケースに詰め込んだら、重すぎて空港で預ける時に超過料金が必要になったので、それを支払って昼過ぎに沖縄に到着した。2月の沖縄の気温は20℃を超えていた。超過料金を払ったので、タクシー代をケチってレンタカーを予約した店舗までゆいレールと徒歩で行くことにして、重いスーツケースを両腕で押して坂を上ったら、汗だくになった。予約してあったオープンカーのトランクと助手席にキャンプ道具を詰め込んで、同じ日本とは思えない異国情緒あふれる沖縄の道を走り出す。1年半前はバイクで、今回はオープンカーで、どちらも沖縄を走るには開放的で、とても楽しい。遅めの昼食として、何度か行ったことのある店でお約束の沖縄そばを食べた。ウマい。予報では夕方から天気が悪かったので、キャンプはやめて古民家を利用した海の見えるゲストハウスで一泊すると、翌朝は良い天気になった。海のみえるバルコニーで、簡単に自炊したキャンプ飯の朝食を済ませて宿をあとにし、沖縄本島北端にある辺戸岬を目指して、オープンカーで海沿いの道をひた走る。社外品のマフラーから聞こえる排気音もカッコいいし、曲がりくねった海沿いの運転も楽しい。辺戸岬の休憩所で海をみながら昼食を済ませ、建物の影で午睡をとったあとに、そこから程よい距離にある今帰仁村のキャンプ場を予約した。いよいよ沖縄キャンプだ。15時過ぎにキャンプ場に辿り着くと、海に面したとても景色の良いところだった。自宅の庭で家族の冷たい視線を浴びながら練習した手順でなんとかテントを張り、近所の商店に薪や夕食の買い出しに行って戻ってくると、もう夕暮れだった。薪でたき火をおこし、レトルトの軟骨ソーキを温め、泡盛を片手に沖縄の海辺で一人酔っぱらう。サイコーだぜ。年甲斐もなくテンションが上がる私は、ひょっとするとパリピに1mmくらい近づいているのかもしれない。ちょっと違うか。心ゆくまで沖縄の夜を堪能し、テントの中で寝袋に入って眠りについた。翌朝、明るくなって目覚めてテントから這い出ると、ちょうど海のむこうから太陽が昇ってくる。感動のあまり、オシッコを漏らしそうになった。

その日も天気が良かったので、もう一度別の場所でキャンプをしようと思って、昼過ぎにいくつか電話を掛けたのだけれど、当日予約が出来ない所ばかりで、仕方なく諦めた。夕方ギリギリに予約がとれた本部のゲストハウスに向かう道すがら、たまたま地元のスタジアムの横を通りかかると、球場の出入り口付近に人だかりができていた。付近の路上に並んだのぼり旗には、「歓迎、日本ハムファイターズ」と書かれてある。本家、沖縄キャンプだ。せっかくなので車を停めて、人だかりに混じってその人の登場を待っていると、30分ほどして練習試合を終えたその人が、球場から出てきた。私の立っている場所からは距離があったので豆粒のようだったが、確かにその人だった。その人は、大きな身振り手振りを交えて記者のインタビューに答えたあと、横に停めてあった白い大型の三輪バイクにまたがって、手を振りながら颯爽とインタビュー会場を後にした。私はもしやと思って、走って自分の車の所に戻って待っていると、ド派手なバイクにまたがったビッグボスが、路肩に停まった私の車のすぐ横を、颯爽と通り過ぎていった。キング・オブ・パリピを目の当たりにした私は、興奮さめやらぬまま球場を後にし、夕暮れの海沿いの道を走り続けた。