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腎臓内科医の診療日記㉟

1年前くらいに依頼された講演会の講演が、ようやく終わった。私は対人恐怖症なので、大勢の前でのスピーチはずっと苦手だったし、子供の頃から目立つのが嫌で、出来るだけひっそり生きてきた。講演会の演者などトンデモナイのだが、年功序列で管理職になってしまい、立場上断り切れない教育講演の依頼だったので、仕方なく引き受けた。当初は昨年9月の開催予定だったので、半年くらい憂鬱な気分を味わえば済むはずだったが、感染拡大で延期になったので、秋以降もそういう気分を引き摺ることになった。冬になって感染者が増えてきたので、今度こそ中止にならないかなと思っていたら、リモートでやるという事になった。リモート講演なら、大勢の視線にさらされることもなく、理屈上はパソコンにむかって原稿を読むだけで済む。自宅で講演を聞いている人のパソコン画面には、講演内容のスライドが表示されて、スピーカーから私の声だけが聞こえてくる。

年が明けて、首相が記者会見でプロンプターを使用したというニュースが流れた。私はプロンプターというものを初めて知ったが、どうやら演説の原稿を映し出す透明なディスプレイ装置のようで、演者とカメラの間におかれて、カメラ目線のまま原稿を読むことの出来る、優れもののカンニングペーパーらしい。首相は以前から答弁やスピーチの際に、海外の首相や大統領のようなカメラ目線でなく、手元の原稿に目をおとしたまま滑舌悪く話している事が多く、国民の心に首相の言葉が響いてこないという批判をうけていた。それを、とりあえず視線だけでもカメラ目線にしてしまおう、ということらしい。

ところで、学会では発表時間が決まっていて、1つの演題について3分とか5分くらいである。発表に慣れていない人は、あらかじめ用意した発表原稿を読み上げるのだが、それを聞いていると、用語や文法に間違いはないが、聞いている側からするとわかりにくい。たどたどしくても、原稿を読まずに内容を一言ずつ咀嚼しながら話してくれた方が、細かい部分で間違っていても、真意がよく伝わってくる。普段の診療でも似たところがあって、患者や家族に病気や治療の話をするときに、雄弁に専門用語を使って理路整然と説明するよりも、その場で相手に伝わる言葉とスピードで、必要最低限の情報量で話をする方が、トラブルは少ない。そういうところにきちんと気を配ることが出来ている医者は、みていると案外少ない。患者や家族が、感じた疑問や感想を素直に言える雰囲気をつくってもらえず、いつのまにか同意文書、説明文書にサインさせられる。患者や家族は、だんだん「同意した」にもかかわらず不信を募らせていく。

話を戻すと、トランプ元大統領は、時にプロンプターをみながら話す事もあったようだが、基本的にはあまり必要とせず、単純明快でわかりやすい言葉を、カンペなしで伝える能力を持っていた。そのあたりが、強烈なリーダーシップを発揮できた理由の1つだったであろう。オバマ元大統領も感動的な演説で有名だったが、またちょっと違って、完璧にプロンプターを使いこなす能力を持っていたそうだ。演説の最中に、テロの犠牲者について話しながら、胸がいっぱいになって沈黙するというのも、プロンプターの原稿に書いてある演出だった。そして、プロンプターが故障したときのオバマ演説は、それなりに酷かったらしい。

さて、私は自分の講演を、どうしたものだろうか。講演時間は50分あって、かつて未体験の長時間だ。わかりやすさ、伝わりやすさを目指すならトランプだが、私には無理だろうから、やっぱり目指すはオバマでいこう、そんな事を考えて、周到に読み原稿を準備して、当日の講演がはじまった。原稿を読んでいるけれども、早すぎなくて、それなりにわかりやすい、最初はそんな感じで進んでいたと思う。講演の内容が半分くらいおわって、後半に差し掛かるところで、一息ついて時計をみたら、すでに講演時間のほとんどを使いきっていた。そこから先の内容はマッハの速さで読みすすめて、何とか時間内に終わらせたものの、残念ながらおそらく誰も理解できなかったと思う。参加費が高額な講演会なら金返せモンだが、地域の特定の会員向け講演だったので、当日は参加費無料で、手軽なリモートだったのが救いだった。オバマへの道のりも遠いし、やっぱりこういうの向いてねーな、としみじみ思った。