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腎臓内科医の診療日記㉛

夏から秋にかけて、有名な方が何人かお亡くなりになっていて、最近こういう残念なニュースが多いな、と思っていたら、また寂しい訃報が届けられた。

彼女たちに初めて出会ったのは、良く晴れた夏の暑い日で、高校の水泳部の地区大会のときだった。部活には何となく所属していて、あまり熱心に打ち込んでいなかったせいか、場所も会場の構造もウロ覚えなのだが、屋外の大きな競技場で、1階部分に競泳用の長水路プールや高飛び込みプールなどのいくつかのプールがあり、その周囲をぐるっと2階席以上の観客席が取り囲んでいる大きなスタジアムだったように思う。その観客席の外側に、コンクリート造りのバルコニーのようになった通路が競技場の外周を1周していて、参加高校ごとに通路にビニールシートを広げて休憩場所にしていた。私の高校は男子校だったので、普段は当然男子だけで練習しているのだけれど、いろいろな学校の生徒が集まる地区大会となると、男女共学の高校や女子校から参加している女子選手が、水着のまま休憩エリアに座っていたりするので、男子校の水泳部員たちは、無意味に通路をウロウロすることになる。この年代の男子の行動としては、やむを得ない。

しかし、そこで甘酸っぱい青春ラブストーリーは、私には都合よく訪れない。小心者の私は、見知らぬ他校の女子に声をかける勇気やテクニックなど持ち合わせていなかったし、初対面の女子から熱い視線を投げられるほど、容姿や肉体が恵まれていた訳でもなかった。何かイイことないかな、と荷物を自分たちのシートの上に置いて会場の散歩にでかけた時の淡い期待は、外周を一周して戻ってくる頃には、すっかり諦めに変わっていた。そんな都合のいい事あるわけないよな、と私はシートの上に座り込んで、同級生が暇つぶしに持ってきていた漫画のページをめくりはじめた。

少年誌に連載される漫画には、思春期の男子のハートを鷲づかみにするような、魅力的なヒロインの登場も欠かせない。ラブコメ漫画を読みながら、自分が主人公になりきって、その世界に入り込むという体験は、多くの非リア充(現実の恋人がいて日常が充実しているリア充の反対語)男子にとって、日常には起こりえない胸キュン恋愛を疑似体験できる、貴重な瞬間である。私の場合、現実の世界では、学校の教室には見渡す限りムサクルシイ男子生徒しかいなかったし、毎週末には同級生と集まって徹夜麻雀ばかりして、かけがえのない青春の1ページを黒く塗りつぶしていた。修学旅行やスキー合宿も当然男子ばかりだったし、教師も男性教師ばかりで、まいっちんぐマチコ先生はいなかった。そんなかわいそうな青春の記憶だけでは、将来つらいことがあった時に、楽しかった想い出散歩にも出かける事ができず、生きていけないだろう。手遅れになる前に何とかしなくては、と思い詰めた私は、地区大会の会場で初めて出会った時から夢中になってしまった、その漫画のヒロインたちとの物語で自分の現実を上書きして、記憶を入れ替えてしまうことにした。単行本を買い揃えて何度も読み返し、ストーリーを頭の中に叩き込んだ。そんな努力の甲斐あって私は、同級生の美少女Mさんと年下の可愛いHちゃんという2人の魅力的な女性との三角関係に彩られた、輝くような学園生活を送り、彼女たちとプラトニックで楽しいデートを重ね、ときにはケンカもしたりしながら、高校生活の最後にはついに三角関係に終止符を打って、本命の美少女Mさんと結ばれる、という完璧な青春の想い出を手に入れたのである。

長年の闘病の末、今月61歳の若さで亡くなられた、漫画家のまつもと泉先生のご冥福をお祈りします。素敵な夏の想い出を、ありがとうございました。