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腎臓内科医の診療日記㉚

ようやく東京もキャンペーン対象となることが決まった。日本ではウイルスによる致死率が欧米に比べて圧倒的に低く、致死率の高い北欧のスウェーデンでも、強烈な第1波をきちんと覚悟して受け入れたおかげで、いわゆる第2波などおこらず、国民がマスク無しで夏休みを満喫した。スウェーデンの、この先2~3年間の合計死者数は、例年に比べてどのくらい増えるのだろうか。言い方は難しいが、元々基礎疾患などでお迎えの近かった高齢の人が、今回少し早まってしまっただけという説もある。そんなこんなで、もういいだろうと思うが、どこに恐怖の自粛警察が潜んでいるかわからないので、今月は私の良く知る人の、夏の休暇について書くことにする。

夏のある日、彼がツーリングで行った恵那にある岩村城の城下町をブラブラ歩いていた時、見知らぬ番号から携帯に着信があった。彼の携帯には、基本的には勤務先と、高齢の母親と、マンションの押し売り業者と、半ギレ状態の妻からしか電話がかかってこない。登録していない番号は、たいていマンションの押し売りなのだが、たまに重要な電話も混じっている。彼が怪訝な声で電話にでると、「航空会社〇〇です。お客様のご予約になったフライトが、都合で欠航になってしまいましたので、変更かキャンセルをお願いします」という連絡だった。仕方がないので別の便を探すと、欠航となった便より安く新しい便を手配する事ができた。政府がGoTo政策をとっていても、心理的に自粛を続けている人は、この頃はまだ多かった。

北海道まで彼が自分のバイクを持っていこうとすると、フェリーに乗せるために、名古屋港の金城ふ頭まで、炎天下の中を1時間近く自走しなくてはいけない。連日35度を超える猛暑が続いていて、軽自動車2台分近い空冷エンジンの熱気は殺人的である。コロナより圧倒的に致死率は高い。昨年は早朝にバイクを運んでおくなどしてガンバったが、今年は現地のレンタルバイクで済ませてしまおうと、楽な方を選んだ。なんだかんだ言って、人間はガンバり続けることはできない。嫌な事をガンバるのは最低限にして、基本的には楽しく生きるのがよいと考えている。特大スーツケースに、バイク用ブーツとジャケット、着用エアバッグ、グローブ、ひときれのパン、ナイフ、ランプ、かばんに詰め込んで...ん?そういえば恵那の岩村城は、標高の高い場所にあって、あそこも天空の城だったな。

夜に到着した新千歳空港の近くのレンタルバイク店でバイクを借り、千歳市のホテルで一泊しながら、彼は翌日の行き先を考えた。昨年は天候の都合で行けなかった宗谷岬に、何とか今年は行けそうだ。バカと煙は高いところが大好きで、ライダーは端っこが大好きだ。樺太がソ連に取られてしまってから、宗谷岬が日本の最北端となっていて、多くのライダーが、一度はバイクで行こうと思っている。ちなみに彼は、高いところも好きである。翌朝、千歳市から北へ走り、高速道路を留萌(るもい)で降りると、ライダーなら誰でも萌える海岸道路のオロロンラインに入る。天気もいい。日本海の景色もサイコーだな、と上機嫌で走り続けていると、苫前(とままえ)という町に差し掛かり、道の脇に、くまのプーさんによく似たかわいらしい親子グマの看板が現れた。苫前はコメの産地のようで、看板には、おにぎりを手にした優しい顔の母グマと可愛らしい子グマが、ニコニコしながら河原でピクニックしている絵が描かれている...ちょっと待て、俺...じゃなかった、彼は知ってるぞ。ここは100年前に恐怖のヒグマ事件があった場所だ。村人が、体長2.7mの巨大ヒグマに襲われて、あっという間に7人殺されてしまった、恐ろしい事件の町だぞ。いくらなんでも、この看板のクマはかわいすぎるじゃねーか、とヘルメットの中で突っ込みながら走っていくと、こんどは恐ろしく巨大な熊の像が、キバの生えた真っ赤な口を開けて仁王立ちしている横を通り過ぎた。像の大きさは、3メートル以上はあっただろう。そうそう、苫前のクマは、このくらい迫力あった方がいいな。せっかくだからもう一度みてみよう、とバイクをUターンさせて、来た道を戻る方向に走っていくと、さっきと同じように仁王立ちしたクマが、口を開けて近づいてくる。あれ?おかしいな、クマが振り向いたか?休憩がてら、バイクをとめてエンジンを切り、歩いて近づいていってよく見ると、なんと、前も後ろも両方、体の正面になっていて、道のどちら側から走って来ても、クマの正面が見えるようになっている。スゲー...これは動物というより、もはや怪物だぜ...苫前のクマは両極端に振り切れていて、ワケわからんな...

そこから幹線道路をはずれて少し行った山の中に、そのヒグマ事件の復元地があるのだが、今回は日程も短いし、本物のクマにも怖くて絶対に会いたくないので、先を急ぐことにした。この先しばらく宿泊できそうなホテルもないので、今日中に稚内まで走り切ってしまう予定だ。まだ先は長い。少しずつ乗り慣れてきた、きのう借りたばかりのアドベンチャーバイクにまたがり、キーをひねってセルを回すと、元気よくエンジンがかかった。レンタルバイクも、俺も、絶好調だ。彼はふたたび、北へ向かって走り始めた。頭の中で、奥田民生の名曲、ゼンブレンタルジャーニーが、元気よく流れはじめた。