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腎臓内科医の診療日記⑳

血液クレンジングというのが、ニュースになっている。また怪しい詐欺まがいの民間療法が、病院ではない場所で行われているのかと思ったら、一応、医師免許を持った医者が開業しているクリニックで、保険のきかない自由診療で行われているらしい。やり方は、患者さんからコップ一杯程度の血液を採取して、オゾンガスを混ぜてから体内に戻すというもので、黒ずんだ色の血液に、ガスを混ぜるとあざやかな赤色に変色するので、治療をうけた患者さんが、血液中の毒素が浄化(クレンジング)されたと感じるのも、わからなくもない。料金は1回数万円で、定期的に行うことが推奨されているので、患者さんにとっては結構な負担となる。芸能人や著名人がこの治療をおススメする内容をSNSに投稿したりして話題になるとともに、日本の「一般的な」病院や大学の医師から、インチキ療法と糾弾されてニュースになった。血液クレンジングを提供している医師は、外国では多くの論文が執筆されているが英訳されていないだけ、ドイツで開発された治療法で歴史があり安全性は高い、ヨーロッパでは古くから認知されておりエリザベス女王の母親も受けていた、保険治療の適応になっている国もある、などと反論した。

ところで、薬にはプラシーボ効果というものがある。これは、例えばウドン粉を丸めて作った錠剤を、とても良く効く薬ですよ、と話して患者さんに飲ませると、全員ではないが一部の患者さんで、薬を飲んだタイミングで病気が良くなる現象のことである。製薬会社が新薬をつくって効果を確かめるときには、プラシーボ薬を飲んで効いた人の割合に比べて、本物の新薬を飲んで効いた人の割合が、はるかに高いというデータをもって、新薬の効果を証明している。つまり、一定数の人はプラシーボ薬によって効果が出るというのは、広く知られた事実であり、無視はできないのである。

ここからは、私の経験に基づいた思い込み、勝手な主張になるので、馬鹿げていると思う人は無視してもらってかまわないが、プラシーボ効果をうまく利用しながら治療を行う事も、医者の大切な能力の一つだと思う。プラシーボ効果は、ウドン粉が症状に効いてしまうほどなので、本当の薬を使いながら、プラシーボ効果を上乗せできれば、さらに大きな効果が得られるはずである。それでは、どういう時にプラシーボ効果が得られるかというと、医者が患者さんに信頼されている時である。この先生に診てもらっていると安心する、と患者さんが思っている状況で使う薬は効きやすいし、逆に、患者が医者に対して変なプレッシャーを感じていたり、診てもらっている医者を信頼していない状況では、効くはずの薬が効かなかったり、ヘンな副作用が出てきたりする。統計をとって調べた訳ではないが、私はこれまでの診療経験から、直感的にそんな事を感じている。誰でも、一緒にいて楽な人、苦手な人がいると思うが、苦手な人と長時間一緒にいると、体に変な緊張を感じたり、吐き気がしたり、体調が悪くなるなどの経験は、誰にもあると思う。うちの妻は….やめておく。

それでは、どういう医師が信頼されて安心感を与えられるのか、どんな事で信頼を失ってしまうのか。注意すれば防げるミスを繰り返していないか。医学的な正しさを一方的に押し付けていないか。自分の患者のトラブルを、他人の責任と片付けて逃げようとしていないか。医学的な知識や研究成果以外にも、医者にとって大切な事はたくさんある。せっかくの治療にマイナスのプラシーボ効果を加えてしまっては、意味がない。同じ治療法であっても、信頼される医者の治療成績と、そうでない医者の治療成績は、統計をとれば有意差が出る気がするが、調べようがないので、この先も証明はされない。調査の段階で、信頼されない医者に分類された医者は、たぶんとても怒る。

血液クレンジングは、提供する医師による丁寧な説明、視覚的「わかりやすさ」や高額な料金を支払うことによる期待感などが、一部の人にプラシーボ効果を生じている可能性はあると思う。プラシーボ効果の範囲を超えた実際の効果があるのかどうかは、大規模な統計学的調査を行わないと証明されないが、お金や手間をかけて調査するまでもなくバカバカしいと切り捨てる人は多い。私もどちらかと言えば後者の立場であるので、透析患者さんは透析によるクレンジングだけで十分だと思う。