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腎臓内科医の診療日記⑮

スーパーの駐車場から出る時、車を誘導するために一定間隔で並べてあったコンクリートブロックに、昨年新車購入したばかりの車のボディーを少しこすった。コンクリートブロックの位置はそれほど高くなかったため、ボディーの下の樹脂部分の浅い傷で済んだが、自分のココロは結構傷ついた。新車を傷つけてしまった人が、自嘲気味にこのようなセリフを言って自分を慰めているのを、10回くらい聞いたことがある。たぶん、新車販売店で働く人は、同じように新車を傷つけた顧客から数百回聞かされていると思う。

実は今の車になって、このセリフを言うのは2回目である。昨年購入した最新型の車には、衝突回避装置と運転サポート機能がついている。簡単に言えば、自動ブレーキと自動運転である。ぶつからない車と考えている人もいるかも知れないが、私は2回ぶつけた。どうだ、すごいだろう。前回は、新車購入して3か月目くらいで、スーパー銭湯の立体駐車場に駐車するときに、地面から斜めに伸びている鉄骨の柱が、自動ブレーキのセンサーに感知されなかった。スーパー銭湯に心身をリフレッシュしに行って、ボロボロになって帰ってきた。今回は低すぎるブロックを、センサーが感知できなかったのだろう。でも、原因は柱やブロックやセンサーのせいではない。

私が医者になる前からそうであるが、私が研修医だった頃に比べても、医療の検査技術というのはとても進歩している。体の断層写真を撮影できるCTやMRIの解像度は格段に上がっているし、撮影に必要とする時間も短縮されている。血液検査項目も、以前はなかった項目がいくつも測定できるようになって、心不全の程度を数値化するものや、膠原病などの自己抗体として様々な種類の抗体が測れるようになっている。それらはバイオマーカーといって、それを血液検査ではかれば、予想している病気かどうか、重症度はどのくらいか、などを知ることができる、という触れ込みのシロモノである。大学の研究機関や学会などでも、そのあたりに関心をもつ医療者はとても多い。

一方、私はそれを参考にする事もあるし、そういう言語を使わないと最近の人に話が通じないので仕方なく使っているが、基本的にキライである。人間の感覚というものは、信頼して磨いていくことによって、数値化されたマーカーより遥かに多くの事が、直感的にすばやくわかってくると思う。逆に自分の感覚以外の何かに頼って、簡単に答えにたどり着こうとする姿勢そのものが、感覚を鈍らせ、治療経過にもよくない影響を及ぼしてくると思う。このあたりは統計をとって証明する事は困難なので、説得力がないのは仕方がないが、わかる人にわかりゃいい、と思っている。磨かれていない感覚に頼った治療というのは、それはそれで危険なので、学生や研修医あたりが最新の検査を参考にしながら診断治療をすすめるのはよいと思うが、同時に自分の感覚を常に磨いていかなければいけない。五感を磨き続けていけば、おまけに第六感も使えるようになってくるかもしれない。重きをおくのはレントゲンやCTよりも、聴診打診触診視診であり、患者の心の声に耳を傾ける事である。

聴診器には一本数千円の低価格聴診器から、10万円以上する高級聴診器まである。私が医者になった頃に、ある先生が聴診器を手に、コレの一番大事なところはどこか知っているか、と私に質問した。私は少し考えて、患者さんの体に直接当てる膜の部分ですか?と尋ねた。その先生は嬉しそうに聴診器を持ち直して、両方の耳に突っ込む部分を両手で広げて持って、この間の部分だよ、と答えた。この笑い話もわかる人にわかればよい。